「京都暮らしあれこれ」は第100回まで、浜松北高同窓会女子部「しらはぎ会」のホームページに連載させていただいておりました。「しらはぎ会」というのは、戦後まもなく男女共学になった高校で最初のうち、女子の数が極端に少なかったため、昭和48(1973)年、女子卒業生の親睦と相互研鑽により社会への貢献を目的に作られたと言われています。既に何年も前から女子の数が半数となり、女子だけの同窓会は必要なかろうということで、先々月6月21日の総会にて活動終了となりました。2013 年から連載を始め13年にわたり掲載していただいた事に、厚くお礼申し上げます。このたび、北高関西同窓会会長・入野哲朗さん(北高27回)のご好意でこちらのホームページに掲載していただけることになりました。引き続き、どうぞよろしくお願い致します。
では、京都迎賓館を見学したことを書きます。

京都迎賓館は京都御苑内にある京都御所の東隣に位置したところにあります。地図は京都迎賓館ホームページよりお借りしました。見学は同じホームページから申し込み、3月21日11:45分の回で受け付けてもらいました。以前は京都御所や桂離宮の見学を申し込むのに、往復ハガキで宮内庁京都事務所に申し込んだものですが、今はweb申し込みができて便利になりました。この「京都暮らしあれこれ」の第1回は、しらはぎ会の京都旅行で京都御所を見学したことを書きました。今回101回目に「京都迎賓館」を取り上げることができてうれしく思います。
当日は予約時刻より20分前に清和院休憩所に集合して、参観受付、自動販売機にて入館券購入(一般2000円)、手荷物はロッカー、注意事項の説明を受け、20 名ほどで宮内庁職員によるガイドツアーに出発しました。迎賓館の地下に移動し、セキュリティチェックを受けたあと、地上に出て、いよいよ正面玄関から入ります。
京都迎賓館は2005年4月に開館し、昨年は20周年でした。一般公開されるようになったのは10年前からです。ここは国家元首、国会議長クラスの賓客をもてなす為の施設です。東京に迎賓館赤坂離宮という洋風の施設がありますから、京都では純和風のものを造ろうということになったそうです。

京都迎賓館は海外からの賓客に対し、歴史的・文化的側面も含めた幅広い対日理解を醸成するため、歴史的・文化的資産の蓄積が大きい京都の地に国の迎賓館施設として建設されました。平成2(1990)年、京都府知事、京都市長、京都商工会議所会頭が連名で「平成6(1994)年が平安建都1200年の節目に当たることを記念し、京都に和風の迎賓館を建設していただきたい。」旨の要望書を内閣総理大臣に提出。同年「迎賓施設の建設について」閣議了解、平成14(2002)年、本体工事に着手、平成17(2005)年2月末竣工、4月17日、開館披露式典との歩みが清和院休憩所入口にパネル表示されていました。
宮内庁職員によるガイドで正面玄関、聚楽の間、夕映の間、藤の間、桐の間、庭園と順に見学しました。建築はもとより、すべての調度品が最高の技術を持った名工による工芸品の数々です。一番美しくハッとした部屋は「藤の間」でした。壁面装飾は縦3.1m、横16.6mの「麗花」と名付けられた、日本古来の花「藤」を全面に配した美しい作品でした。これは日本画家・鹿見喜陌(しかみきよみち)の下絵をもとに、つづれ織の技法で織られたもので、39種類の草花が織り込まれ、床に敷かれた段通はその「藤の花」が舞い散った様子が表現されていました。ここは京都迎賓館で最も大きな部屋で、洋食の晩餐会や歓迎式典の会場として使用されています。最大120名の会食が可能だそうです。

舞台では舞や能、箏(こと)の演奏、雅楽などが披露され、訪れた賓客の方々へ日本の伝統文化を紹介しています。また、舞台扉に光る伝統技能「截金(きりかね)」は人間国宝の故江里佐代子氏の作品で、金箔とプラチナ箔を使用しています。金と銀が互いの美の長所を引き立て合いながら、2つの色が交差するさまに「人と人との出会いもそうありたい」との願いが込められています。截金とは元々、仏像や仏画の荘厳(しょうごん🟰装飾すること)として用いられた技法です。
次の「桐の間」では、全長12mにも及ぶ座卓に目を奪われました。漆の1枚仕上げでした。和食を提供する「和の晩餐室」でして、京料理でおもてなしをします。
最後に東西の建物をつなぐ廊橋(ろうきょう、屋根のある渡り廊下)を渡り、庭園に出ました。庭園は御苑の緑を借景とし、広大な池を中心に様々な表情を変えつつ、まわりの建物に融け合うように配置されています。これが古くから日本人の住まいに貫かれた伝統「庭屋一如(ていおくいちにょ)」の思想とのことです。

見学を終えて思ったのは、これ以上何をお望みですか?と問われているようで、すべてにため息しかありませんでした。現代における名工たちの粋を集めて出来上がった京都迎賓館です。年に何回使われるか知りませんが、至高の芸術品でもてなされた海外の賓客は感嘆するしかないと思います。国の至宝を見せつけ、最高の料理でもてなす。これぞ外交です。
伊勢の神宮が20年毎に遷宮をして全て一新するのは、その時その時に最高の技を継承するのに20年はちょうどいいというのを聞いたことがあります。その意味でも京都迎賓館ができたことで、当代随一の仕事が残されたという大きな意義があると思いました。
話は変わりますが、私が書家の石川九楊先生に書を習っていることは何度か書きました。昨年1月より京都・名古屋の教室は閉鎖され、月に1回東京の稽古場に通っています。4月の稽古の時、創作を隷書体で1行「有朋自遠方來不亦樂乎」(友あり遠方より来たる、また楽しからずや)と書きました。
昨年末、台湾旅行をした時、台北のホテル「圓山大飯店」に泊まりました。ベランダから下を見たら2階のテラスのタイルに、孔子の『論語』冒頭にある有名なこの文が書かれていたのです。それで創作の題材にしようと思い、自分が好きでここ数年勉強している清時代の書家・楊峴(ようけん)の隷書体を参考にして作品にしました。手元にあったあまりに細長い紙を使ったため、先生の指導は「左右の空きを10センチずつ増やした大きい紙にするといい。もっとのびのび書ける。」というものでした。そのあと、「意味は?」と聞かれ「うっ。」先生が質問するということは、高校の漢文で習った「遠くからはるばる友が来た、なんと楽しいことか」であるはずがありません。考えに考えて苦し紛れに「京都から東京に稽古に来ておりますし、石川先生を師と仰ぐ仲間たちと書を学ぶのはなんと楽しいことか」(言っている自分に赤面)と答えると、「日本ではそう解釈している。が中国では違う。遠方からの使者が友好を求めて来た。個人的なものではなく国家間の政治的なものだ。」考えたこともありませんでした。

私はもう28年も石川先生から書を学んでいる不肖の弟子ですが、時たまこうやってものの見方・考え方を教えていただけるので、稽古を続けていてよかったと心底思うのです。

京都迎賓館は国の至宝を見せつける究極の外交であると書きました。石川先生の言われる「有朋自遠方來不亦樂乎」とは少し違いますが、私は似ているのではないかと思いました。戦争を避け、善隣友好関係を築くことが何よりも重要なことだと信じているからです。高い文化を持ち、戦争放棄の憲法を持つ日本です。81年前の不戦の誓いを忘れてはいけないと、この8月はとくに痛感しています。
参考文献 : 京都迎賓館しおり
参考サイト:しらはぎ会総会 徳田陽子会長挨拶
京都迎賓館
迎賓館赤坂離宮
2026.8.9 高25回 堀川佐江子記

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